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神戸地方裁判所 平成9年(行ウ)12号 判決 2000年12月05日

原告

原告

原告

原告

右原告ら訴訟代理人弁護士

木下元二

被告

右代表者法務大臣

保岡興治

右指定代理人

石垣光雄

益野貴広

森元利宏

瀬尾一男

安田章

松村秀之

大串仁司

池本豊

山根百馬

松谷幸三

主文

一1  被告は、原告甲に対し、金五六七万一二〇〇円及びこれに対する平成七年一〇月一八日から平成一一年一二月三一日まで年七・三パーセント、平成一二年一月一日からその還付のための支払決定の日まで年四・五パーセントの各割合による金員を支払え。

2  原告甲の請求の趣旨一項にかかる請求のうちその請求(平成一二年一月一日以降の期間にかかる付帯請求の利率の差)を棄却する。

二  原告らが被告に対し、平成二年分申告所得税につき別紙納付税目録記載の各納付債務を負担していないことを確認する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告甲に対し、金五六七万一二〇〇円及びこれに対する平成七年一〇月一八日からその還付のための支払決定の日まで年七・三パーセントの割合による金員を支払え。

二  主文二項同旨

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、原告らが、原告ら四名及び戊の兄弟姉妹五名の名義による亡母己にかかる平成二年分の所得税の準確定申告(以下「本件準確定申告」といい、当該申告書〔本表及び付表〕を「本件準確定申告書」という。)及び修正申告(以下「本件修正申告」といい、当該申告書〔本表及び付表〕を「本件修正申告書」という。)は、戊が原告らに無断でなしたものであって、原告らに対しては何らの効力を有しないとして、原告らが本件修正申告に基づく租税債務を負っていないことの確認を求める(請求の趣旨二項)とともに、原告甲が、被告に対し、本件修正申告に基づく租税債務に充当処理された国税還付金及び還付加算金(国税還付金充当通知の日の翌日からその還付のための支払決定の日まで)の支払を求める(請求の趣旨一項)事案である。

二  基礎となる事実(文末に証拠を掲げた2、4(二)、6(二)以外の事項は当事者間に争いがない。)

1  原告ら

原告乙(昭和九年生まれ)、戊(昭和一一年生まれ)、原告丙(昭和一五年生まれ)、原告甲(昭和一八年生まれ)及び原告丁(昭和二一年生まれ)は、庚(昭和五七年五月一九日死亡)を父、己(平成二年一二月二九日死亡)を母とする兄弟姉妹である。

2  本件土地の売却

己及び戊は、A株式会社(以下「A」という。)に対し、平成二年九月五日、個人らの所有する兵庫県西宮市甑岩町(己と戊が持分各二分の一で共有)及び同(己所有)の各土地合計三三八一・二八平方メートル(以下、二筆の土地を合わせて「本件土地」という。)を合計六一億三六九八円で売却した。右代金を持分割合で案分すると、己は三七億七九九四円、戊は二三億五七〇四万円となる(甲一二・乙一五、戊)。

3  己にかかる平成二年分の所得税の本件準確定申告書の提出等

(一) 己が死亡した後である平成三年三月一五日、己にかかる平成二年分の所得税の本件準確定申告書(乙一の1・2)が、西宮税務署長に対して提出された。

(二) 本件準確定申告書(乙一の1)は、戊が「己相続人代表戊」と署名捺印をした上提出したものである。その付表(乙一の2)の「相続人等の住所・氏名等」を記載する欄には、戊が自己の住所氏名等を自ら記載し、捺印をしているが、その他に原告らの住所氏名等の記載、捺印はない。「相続人等の代表者の指定・・・相続人等の代表者の氏名」欄には、「戊」の署名がなされている。

なお、付表の裏面には、「書きかた」と題する注意書きが記載されており、「相続人等の住所・氏名等」欄について、「すべての相続人や包括受遺者(相続を放棄した人を除く。)について書いてください。」と記載され、そのうち「氏名」欄については、「この申告書付表で申告する相続人や包括受遺者は、署名・なつ印してください。」と記載されている。

(三) 本件準確定申告書及び譲渡所得計算書(乙一五)並びに「保証債務の履行のための資産の譲渡に関する計算明細書」(乙一六の1・2)の内容は、以下のとおりである。

(1) 己及び戊は、本件土地をAに合計六一億三六九八万円で譲渡した。

(2) 己の持分にかかる譲渡価額の総額は、三七億七九九四万円、戊の持分にかかる譲渡価額の総額は二三億五七〇四万円である。

(3) 己は、B株式会社(以下「B」という。)を主債務者とする一七億七七六二万五〇〇二円の保証債務を平成二年九月五日に履行し、同社に対し、同額の求償権を取得したが、右求償権は、同日、行使不能となった。

(4) 右(1)の己の持分にかかる譲渡価額の総額三七億七九九四万円から、所得税法六四条二項に基づく保証債務の履行額一七億七七六二万五〇〇二円を差し引くと分離長期譲渡収入金額は二〇億〇二三一万四九九八円となり、これから更に取得費、譲渡費用及び及び特別控除額の合計一億九一〇七万九九八六円を差し引くと、長期譲渡所得金額は一八億一一二三万五〇一二円、納付税額は四億五〇七二万一二〇〇円となる。

(四) 右本件準確定申告による納税額四億五〇七二万一二〇〇円は、全額納付されている。

4  戊に対する強制調査

(一) 大阪国税局査察部は、平成五年一〇月二六日、戊に対する所得税法違反容疑で強制調査に着手した。

(二) その調査の結果、本件準確定申告書記載中の右3(三)(3)記載の保証債務履行額一七億七七六二万五〇〇二円が架空計上であると判断した(甲一二、弁論の全趣旨)。

5  本件修正申告書の提出等

(一) 大阪国税局査察部査察官は、右4記載の事情から、戊に対し、修正申告のしょうようを行ったところ、平成六年九月二七日、本件準確定申告書にかかる本件修正申告書(本表)が、同年一〇月六日、本件修正申告書の付表が、それぞれ西宮税務署長に提出された。

(二)(1) 本件修正申告書本表(乙二の1)の内容は、前記保証債務の履行額一七億七七六二万五〇〇二円が架空計上であったことを認めた上で、己にかかる長期譲渡所得金額が三五億八八四九万〇四五七円、納付税額が八億九五〇三万五〇〇〇円であるとし、差引き修正する納付税額を四億四四三一万三八〇〇円とする、というものであった。

(2) 本件修正申告書の付表(乙二の2)には、<1>「死亡した者の住所・氏名等」の欄に、己の住所・氏名・死亡年月日、<2>「相続人等の住所・氏名等」欄に、戊及び原告ら四名の住所・氏名(押印)・続柄・年齢・職業・電話番号、<3>「相続人等の代表者の指定・・・・相続人等の代表者の氏名」の欄に戊の氏名がそれぞれ記載され、<4>「相続人等の納める税金の計算」の欄に、相続分・相続財産の価額・各人の納付税額として、戊及び原告ら四名の法定相続分は各人とも五分の一で、各人の納付税額は八八八六万二七〇〇円である旨記載されていた。

6  重加算税賦課決定処分

(一) 西宮税務署長は、本件修正申告書にかかる重加算税の賦課決定をした(以下「本件重加算税賦課決定処分」という。)。

(二) 本件重加算税賦課決定処分の内容は別紙「重加算税賦課決定の内容」のとおりであり、その通知書は、平成七年六月二〇日付けで、己の相続人の代表であるとして(国税通則法一三条)、戊のみに通知された(弁論の全趣旨)。

7  国税還付金の充当

原告甲は、西宮税務署長に対し、確定申告により還付を受ける税額を五六七万一二〇〇円とする平成六年分の所得税の確定申告書を提出したところ、大阪国税局長は、平成七年一〇月一七日付け「国税還付金充当通知書」により、原告甲に対し、右還付金五六七万一二〇〇円を本件修正申告による同原告の所得税に充当する旨通知した。

8  原告ら共有名義の不動産の公売等

大阪国税局長は、本件修正申告により確定した所得税(所得税本税の他に、右所得税本税にかかる延滞税及び右所得税本税に対する加算税も含む。)を徴収するため、別紙「公売配当目録」の物件欄<1>ないし<4>記載の各土地を公売し、右公売にかかる売却代金を全額大阪国税局長に配当し、それを本件修正申告により確定した原告らの滞納国税中の本税にそれぞれ充当した。

その結果、被告は、原告らに対し、別紙「納付税目録」記載の金額及び国税通則法六〇条所定の延滞税を加えた租税債権を有すると主張している。

三  争点

1  本件準確定申告、本件修正申告は、戊が原告らの戊に対する包括委任に基づいてしたものであるか、それとも、原告らの意思に基づかない無効なものであるか。

2  原告らに対する本件重加算税賦課決定処分は適法、有効であるか。

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1(本件準確定申告、本件修正申告は、戊が原告らの戊に対する包括委任に基づいてしたものであるか、それとも、原告らの意思に基づかない無効なものであるか)について

(被告の主張)

本件準確定申告、本件修正申告は、戊が原告らの戊に対する包括委任に基づいてしたものであって、原告らの意思に基づいた有効なものである。

(一)(1) 申告納税制度は、納税義務者として自己の納税義務の具体的内容を決定の上、これを税務官庁に申告せしめ、その申告にかかる納税義務の実現を企図するものであって、納税義務者が確定申告書の提出という要式行為によって納税申告をすれば、原則としてそれによって納税義務者の負担すべき具体的な租税債務が確定するものである。

このように、納税申告が租税債務の確定という公法上の効果の発生をもたらす要式行為であることを考えれば、その申告の有無は、原則として、表示されたところに従って判断されるべきところ、要式行為としての納税申告があったといえるか否かは、申告書の記載内容から納税義務者及び課税標準等が読みとれるか否かによっているというべきである。

(2) 本件準確定申告書(乙一の1)には、その申告者氏名欄に「己相続人代表戊」と記載されており、その付表(乙一の2)の相続人等の代表者の指定欄にも「戊」と記載されているのであって、右申告書面上戊が相続人を代表して本件準確定申告を行ったことが明らかである。本件修正申告書(乙二の1)においても、その付表(乙二の2)の相続人等の住所・氏名等欄に正しく原告らの署名・押印がなされているのであって、本件修正申告書上本件修正申告も戊及び原告らによって行われたことが明らかである。

(3) したがって、本件準確定申告、本件修正申告とも原告らの意思に基づいた有効なものである。

(二) 原告らは、戊に対し、本件準確定申告、本件修正申告を含む己死亡に伴う相続に関する一切の手続を包括的に委任していた。

原告らが戊に対し右包括的委任をしていたことは、以下の事実から明らかである。

(1) 本件準確定申告は、戊が相続人を代表して行ったものである上、その内容(己に譲渡所得が発生したこと及び同女の納税義務を原告らが承継したこと等)も客観的事実に一致しており(ただし、数額については別である。)、何らの問題もない。

(2)<1> 戊及び原告らの父である庚は、生存中から、家の財産は代々長子が相続しており、自分が死亡した際も、長男の戊がすべて相続することを原告ら兄弟姉妹に伝え、戊及び原告らもこれを了承していた。

現に、庚が死亡した際、庚の財産について、戊が遺産分割協議書(甲五)を作成し、それに従って、三男である原告甲がいわゆる分家のような立場等から自宅等の財産を相続したほかは、その大半の財産を己及び戊が相続し、原告甲を除く原告三名は相続財産について事実上の相続放棄を行った。

<2> 己も、家の財産を戊に承継させようとの意思であったところ、己は病弱で病床にありがちであったことから、己及び原告らは、戊が己の財産の管理一切を行うことを当然のことと認識し承諾していた。

<3> 原告ら及び戊は、庚死亡による相続に関する相続税等の税金の支払についても、その申告、納付のいずれもすべて戊が責任を持って兄弟姉妹の分までしてくれるものと考えていた。現に、庚の昭和五七年分所得税の本件準確定申告の手続、納税義務者己・原告甲・戊の相続税の申告手続、その相続税の修正申告の手続、これらの租税の納付手続のすべてを戊が行った。戊の右手続等に対して、原告らから特に異議は出ていない。

<4> また、庚の遺産のうち、己、戊、原告甲の共有となった財産(甲五)の管理処分も、これによる譲渡所得等共有財産に関する税金の申告、納付の手続も、すべて戊が一人で行った。

(3)<1> 原告ら及び戊の間では、直接話には出なかったが、庚の遺産分割協議の時点から、己の財産は、すべて戊が相続するという共通認識があった。そのため、戊は、己の財産・債務のすべてを戊一人が相続する旨の遺産分割協議書(甲二)を作成し、平成三年六月末ころ、原告ら方を回る等して原告らから署名捺印を得た。右遺産分割協議書には、己の準確定申告にかかる租税債務として四億五〇〇〇万円余があることが記載され、相続物件として本件土地は記載されていない。

<2> 原告ら及び戊は、庚死亡の際と同様、己死亡に伴う相続に関する一切の手続について、その税金の申告、納付等も含めてすべて戊が責任を持って他の分までするものと認識していたものであり、己の準確定申告につき従前と異なる取扱い(戊に任せない)をする旨話し合ったこともない。

<3> 現に、戊は、己死亡に伴う相続税の申告の手続の外、相続に関する一切の手続をし、平成三年三月一五日、本件準確定申告をした。本件準確定申告、本件修正申告を除いて、そのことについて原告らから特に異議も出ていない。

原告らは、本件準確定申告当時、未だ相続放棄の手続をしていなかったのであるから、仮に相続放棄の意思を有していたとしても、己の譲渡所得について本件準確定申告をする義務を負っていたことに変わりなく、本件準確定申告書に「己相続人代表戊」との記載があることは、戊が相続人を代表する意思をもって申告をしたことを強く推認させる。

<4> 原告らは、己の相続に関する相続放棄期間が経過した後も相続放棄の手続を何らとることなく、また、己の譲渡所得にかかる準確定申告の期限である平成三年四月三〇日(所得税法一二五条参照)を過ぎても、本件準確定申告とは別途に準確定申告をすることもなかった。

<5> 原告らは、平成五年一〇月二六日以降、己の準確定申告について査察調査が実施された際、己の遺産は戊が事実上単独相続していて、己に関する税務申告等の手続一切は戊がすべて行うものと認識していた旨査察官に供述している。

(4)<1> 本件修正申告は、査察調査により、本件準確定申告について、本件土地の譲渡所得に関し計上されたBに対する保証債務が架空であることが判明したため、査察官が相続人代表である戊に修正申告をしょうようしたところ、戊及び原告らから提出されたものである。

<2> 原告ら及び戊は、前記のとおり、己死亡に伴う税金の申告等の手続もすべて戊が責任を持って他の分までするものと認識していたのであり、本件修正申告の時点においても、特にこれを撤回するというような話合いはなかった。戊は、このような理解の下に税理士辛(以下「辛税理士」という。)に依頼して本件修正申告書を作成し、その付表に原告ら名の印鑑(辛税理士の目の前で戊が事務員に買ってこさせたもの)をそれぞれ押捺し、西宮税務署に提出した。

なお、戊は、これまでにも原告らの署名押印を代行したことがあり、辛税理士も、相続人代表である戊の委任に基づく申告であるから戊が原告ら名の印鑑を押捺した本件修正申告書は有効であると認識していた。

<3> なお、原告らは、戊に対して己の死亡に伴う相続に関する一切の手続(準確定申告を含む)を包括的にゆだねていたのであるから、万一準確定申告に誤りがあった場合に修正申告を行うことも、特段の事情(原告らが修正申告に限って戊に委任するはずがないとする事情)がない限り、当然右包括委任の範囲に含まれているというべきであり、右特段の事情があったことをうかがわせる事情は何もない。

(原告らの主張)

本件準確定申告、本件修正申告は、原告らの意思に基づかない無効なものである。

(一)(1) 戊は、庚死亡後、家の跡取りとして家の財産等を維持管理してきたが、原告らは、婚姻したり、養子となったりして家を出た後、庚の遺産の一部を取得した原告甲を含めて原告ら(原告甲以外の者は、事実上相続放棄をした。)は、庚の相続により戊及び己が取得した本件土地を含めた不動産について関心がなかった。そのようなこともあって、原告らは、本件土地が秀和に売却されたことは、その売却当時のみならず、その後も知らなかった。

(2) 原告らは、本件準確定申告がなされた当時、被相続人己にその所有にかかる土地の売却により譲渡所得が発生したことを全く知らなかった。

(3) 原告らは、大阪国税局の査察を契機に、戊が対税務署関係を含め違法又は公序に反する行為を行っているとの疑いとともに不信感を抱くようになった。

(二)(1) 本件準確定申告書には、「己相続人代表戊」との記載があるが、「相続人等の住所・氏名等」欄には、すべての相続人を書くこと、申告する相続人は署名、捺印することというように記載様式が定まっているにもかかわらず、原告ら四名の署名捺印はなく、戊のみの記載しかない。

申告納税制度は、納税申告者の意思に基づいてなされることがその前提であるところ、納税者(原告ら)の意思に基づかない申告行為は、有効な申告とは認められない。

(2) 原告らは、前記(一)(1)のとおり本件土地の売却の事実を全く知らなかったし、また、戊に不信感等を抱いていた上、本件準確定申告を行うことにも一切かかわっていない。

(3) したがって、原告らが本件準確定申告をすることを戊に対して委任したことはなく、本件準確定申告は、戊が原告らに無断でしたものであって、原告らに対しては何らの効力も生じない。

(三)(1) 本件修正申告書には、冒頭に「己相続人戊」との記名・捺印があるに過ぎず、その付表の「相続人等の住所・氏名等」欄には、原告らの住所・氏名等の記載と捺印があるが、原告らの住所・氏名等の記載は、同一人の筆跡であって、それぞれの自署でないことは一見明瞭に看取することができる。また、原告甲の名が「(誤記)」と記載され、原告丁の姓の読みは「××ト」であるのに振仮名が「××ド」と振られ、かつ、同原告は「主婦」であるのに職業欄に「不動産賃貸」と記載されており、このような誤った記載内容からも、原告らがそれぞれ自署したものでないことは明らかである。

(2) 本件修正申告は、その前提手続である本件準確定申告と同様、戊が原告らの知らない間に無断でしたものであり、原告らの署名捺印は偽造したものであるから、原告らに対しては何らの効力も生じない。

(四)(1) 原告らは、己が死亡した際、その財産のすべては家の長男である戊が相続し、自分らは相続しないとの意思(事実上の相続放棄)を有していた上、本件土地を含む己の財産について事実上何らの権利も権限もなかった。

(2) したがって、原告らは、戊に対し、本件準確定申告及び本件修正申告を含めて、己の相続に関する一切の手続を包括委任したということはない。

2  争点2(原告らに対する本件重加算税賦課決定処分は適法、有効であるか)について

(被告の主張)

原告らには重加算税の賦課要件に該当する事実があり、賦課決定の通知書も相続人代表である戊に送達されたものであるから、本件重加算税賦課決定処分は、適法、有効である。

(一) 重加算税は、国税通則「法六五条ないし六七条に規定する各種の加算税を課すべき納税義務違反が課税要件事実を隠ぺいし、または仮装する方法によって行われた場合に、行政機関の行政手続により違反者に課せられるもので、これによってかかる方法による納税義務違反の発生を防止し、もって徴税の実を挙げようとする趣旨に出た行政上の措置であり、違反者の不正行為の反社会性ないし反道徳性に着目してこれに対する制裁として科せられる刑罰とは趣旨、性質を異にするもの」(最高裁昭和四五年九月一一日第二小法廷判決・刑集二四巻一〇号一三三三頁)である。すなわち、刑罰は、行為の反社会性ないし反道徳性に着目して、不正行為をした違反者の責任を問うもので、非難可能性を前提とする責任主義を基礎とするものである。他方、重加算税は、隠蔽又は仮装行為とそれに基づく過少申告の結果、税務行政を混乱させ余分な徴税コストを負担させたという国家的損失を補填させることにより、まじめな申告納付義務の履行者とこれを怠った者との間に生ずる不公平を是正するとともに、納税義務違反の発生を防止し、申告納税制度の信用を維持する目的で納税者に経済的負担を課す行政上の措置であって、責任主義の考え方を基礎としないものである(最高裁昭和三三年四月三〇日大法廷判決・民集一二巻六号九三八頁、中尾巧・税務訴訟入門(新訂版)二八七頁、白石健三・昭和三三年最高裁判所判例解説民事篇一〇三頁各参照)。

このように重加算税の賦課要件を考える上では、納税者に対する非難可能性(責任主義的要素)、つまり、主観的・内面的要素を重視する必要はないのであり、国税通則法六八条は、いかなる場合でも納税者本人に仮装・隠蔽の事実を認識することまで要求しているものではないと解すべきである。

そうすると、納税者本人以外の者が行った隠蔽又は仮装行為であっても、納税者がその第三者に納税申告を一任し、その第三者が故意に隠蔽又は仮装したところに基づいて過少申告をしたときは、納税者が正当なる所得を申告すべき義務を怠ったものとして、重加算税を賦課されるものと解すべきである(京都地裁平成四年三月二三日判決・税務訴訟資料一八八号八二六頁、京都地裁平成五年三月一九日判決・税務訴訟資料一九四号七八七頁参照)。

(二) そして、右(一)のように解したとしても、原告ら援用の最高裁昭和六二年五月八日第二小法廷判決に反するものではない。

すなわち、右最高裁判決の事案は、納税者本人が納税申告をした事案であり、納税申告を納税者から一任された第三者が隠蔽・仮装行為から納税申告まですべてを行った場合、すなわち、納税申告を含むすべてについて第三者が納税者から一任されている場合までをその射程とするものではない。後者の納税申告を含むすべてについて第三者が納税者から一任されている場合については、右判決は、隠蔽・仮装の故意を厳密に納税者本人に要求していないものというべきであり、その受任者に隠蔽・仮装の故意がありさえすれば、たとえ納税者本人にはそれがないとしても、納税者本人の故意と同視できるのであり、そのように解しても右判決の趣旨に反しない。

(三) 本件では、原告らは、本件準確定申告に関する手続も含め、己の相続に関する税金の申告手続のすべてを戊に対して委任していた。

したがって、納税者のうち一人(戊)が他の納税者(原告ら)から一任を受けて申告を行っている以上、戊が故意に架空の保証債務を計上し、己の譲渡所得の金額を過少に申告したことを、偶々原告らが知らなかったとしても、国税通則法六八条一項の重加算税の賦課要件に該当するから、被告が本件修正申告(乙二の1)に基づいて原告らに対してなした本件重加算税賦課決定処分は、適法であって、何らの違法もない。

(四) なお、本件重加算税賦課決定処分の通知書は、適式、適法に作成された本件修正申告書の付表の「相続人等の代表者の指定・・・・相続人等の代表者の氏名」の欄に「戊」と記載されていたことから、相続人に対する書類の送達の特例の規定(国税通則法一三条)に基づき、代表者である戊宛に送達したものであって、これにより代表されるすべての相続人すなわち原告らすべてに対して効力が生じたものである。

(原告らの主張)

原告らには重加算税の賦課要件に該当する事実がなく、賦課決定の通知書も送達されていないから、本件重加算税賦課決定処分は、違法であり、原告らに対して効力を生じない。

(一) 国税通則「法六八条一項による重加算税を課し得るためには、納税者が故意に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実の全部又は一部を隠ぺいし、又は仮装し、その隠ぺい、仮装行為を原因として過少申告の結果が発生したものであれば足り、それ以上に、申告に際し、納税者において過少申告を行うことの認識を有していることまでを必要とするものではないと解するのが相当である。」(最高裁昭和六二年五月八日第二小法廷判決・裁判集民事一五一号三五頁)。

原告らは、戊がAに本件土地を譲渡したことによって所得を得た事実を知らないし、本件準確定申告をしていないうえ、架空保証債務の計上ということ自体について認識がない(主債務者とされるBも知らない。)。したがって、原告らは、課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実につき、隠蔽又は仮装したことは一切ないのであるから、重加算税賦課の要件がない。

(二) 手続面においても、原告らは、本件重加算税賦課決定処分の通知書の送達を受けていない。

本件修正申告書の付表に「相続人等の代表者の指定・・・相続人等の代表者の氏名」欄に「戊」と記載されているが、本件修正申告書は、戊が原告らに無断で作成し、提出したものである。したがって、同通知書を戊宛に送達したとしても、これにより原告らに通知したことにはならない。

原告らに対する本件重加算税賦課決定処分は、存在せず、少なくとも、重大かつ明白な瑕疵があって無効というべきである。

第四当裁判所の判断

一  準確定申告について

1  所得税について確定申告書を提出する義務のある者が、その年の途中において死亡した場合、被相続人の所得税は、その死亡時に納税義務が成立しているが、これを確定させる手続として、相続人は、相続の開始を知った日の翌日から四か月を経過した日の前日までに、被相続人の所得税について、一般の確定申告書に準じた確定申告書(いわゆる準確定申告書)を被相続人の納税地の所轄税務署長に提出しなければならないとされている(所得税法一二五条一項)。準確定申告は、右のとおり被相続人の申告手続を相続人にゆだねるという特殊な申告制度であって、被相続人についての課税標準及び税額等は、相続人の申告によって確定するものと解するのが相当である。

ところで、被相続人が負担すべき納税義務は、相続人が承継することとなっているところ(国税通則法五条一項)、相続人が二人以上ある場合、その承継税額は、民法九〇〇条から九〇二条までの規定による相続分によって算出され(同条二項)、更に被相続人の納付すべき税額を十分に確保する必要から、相続によって得た財産の価額が承継税額を超える者は、その越える価額を限度として、他の相続人が承継する国税を納付する責めに任ずる(同条三項)ものとされている。

2(一)  前記第二の二2のとおり、己は、平成二年九月五日、戊とともに本件土地をAに売却したが、右売却による己持分にかかる代金額の総額は、三七億七九九四万円である。

己は、平成二年一二月二九日死亡したから、その相続人が、己の右売却による譲渡所得について、準確定申告をすべき義務を負い、納税義務を承継することになる。

(二)  証拠(甲二、乙二六)及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、己が死亡した平成二年一二月二九日の当時、同死亡の事実を知ったこと、本件準確定申告当時、原告らは、家庭裁判所に己の相続について、相続放棄の申述をしていなかったこと、また、戊及び原告らは、平成三年六月二〇日ころ、己の遺産に関する遺産分割協議書(甲二、乙二六)を作成したこと、そして、原告らは、己の相続について、平成八年一月二三日、神戸家庭裁判所尼崎支部に対し、相続放棄の申述をしたものの、同年六月一三日、却下されたため、大阪高等裁判所に即時抗告をしたが、同年一二月二日、棄却されたことが認められるところ、以上の事実によれば、戊及び原告らは、それぞれ五分の一宛己の右譲渡所得にかかる所得税の納付義務を承継したことが明らかである。

二  争点1(本件準確定申告、本件修正申告は、戊が原告らの戊に対する包括委任に基づいてしたものであるか、それとも、原告らの意思に基づかない無効なものであるか。)について

1  証拠(甲二、五、七の1・2、八、一〇の1ないし3、4の1ないし3、5ないし9、一一、一二、一五の1・2、一六ないし一八、乙一の1・2、二の1・2、五、六、七の1・2、八、九、一五、一六の1・2、一九ないし二七、証人戊、同辛税理士、原告甲、同乙、同丙、同丁)及び弁論の全趣旨によれば、以下の(一)ないし(二)の事実が認められる。

(一) 戊は、庚の死亡(昭和五七年五月一九日)後、家の跡取りとして病弱の己の世話をし、家の財産の維持・管理をしてきた。

(二)(1) 庚は、家督相続によって、現金・預金の他、通称C地域といわれる地域に田・畑・山林・宅地等を含めて多数の土地を所有していたが、本件土地も同地域にあった。庚は、家の財産というべき同人の財産について、これを散逸させないため、いわゆる家の跡取りであった長男戊に主として相続させる旨生前述べていたこともあって、己、戊及び原告らも、庚の遺産について、戊が家の跡取りとしてほとんどを取得するものと考えていた。

戊及び原告らの右のような認識の下に、戊が税理士壬に依頼して、庚の遺産に関する遺産分割協議書(案)を作成し、それを元にして、庚の遺産は、己、戊及び原告甲に分割された。本件土地を含む不動産及び預金の大半は、己名義とされたが、己、戊及び原告らの間では、己名義分は、実質は、戊が取得したものないしは己が死亡した際に戊が取得すべきものと認識されていた。なお、庚の遺産については、原告甲以外の原告らは、事実上相続放棄をして、何ら取得していない。

(2) 戊と原告甲は、庚の遺産に関する相続税の処理は、戊が責任をもって行うものと認識していた。右相続税の財源については、右遺産分割協議によって己、戊、原告甲の共有した不動産の賃料収入や処分による売却金等でまかなうことが予定されていた。

(3) 戊は、庚の昭和五七年分の所得税について、その準確定申告書に「被相続人庚相続人代表戊」として捺印した上、昭和五八年八月一九日、これを西宮税務署に提出し、同申告にかかる税金をすべて納付した。

なお、その付表の相続人欄は、相続を放棄した人は記載する必要がないところ、右準確定申告書の付表の「相続人等の住所・氏名等」欄には、己、戊、原告甲の署名捺印があるが、これは戊がしたものであり、原告甲以外の原告らの署名捺印はない。

その準確定申告書の内容も、戊が一存で記載したものであり、原告甲は、戊から準確定申告をしておく旨の連絡を受けただけで、自身は具体的なことをしていないし、右所得税の支払いも戊に任せていた。

(4) 戊は、庚の遺産相続にかかる相続税の申告書に必要な記載をし、原告らそれぞれに捺印をしてもらった上、昭和五七年一一月一六日、同申告書を西宮税務署に提出した。その後、戊は、西宮税務署の担当者から計上漏れがあるとして修正申告の指導を受けたため、事前に己、原告甲の承諾を得ることもなく、同人らの署名捺印を代行し、その修正申告をした。

(5) 戊は、己、戊及び原告甲が納付すべき右相続税について、以下のとおり支払った。

<1> 己の相続税及び戊、原告甲の相続税の修正申告分は、戊自身の現金で支払った。

<2> 戊及び原告甲の当初申告分は、五回に分納する旨の延納申請をした上、共有財産の売却金や戊自身の現金で支払った。

<3> 右延納申請は、昭和五七年一一月一六日、原告甲の名義で延納申請書を西宮税務署に提出してされたものであるが、その手続は、同原告ではなく戊がすべて行ったものであり、延納申請書の原告甲の署名捺印も戊が代行したものである。なお、原告甲は、西宮税務署から翌五八年二月二八日付けで同相続税の延納を許可する旨の通知書を受け取った。

(6) 戊は、昭和五九年五月一六日、相続税の支払いのため右共有財産のうち、兵庫県西宮市西平町の土地を一億七〇〇〇万円で売却したが、最終的には、戊が経営していたDの負債の返済に充てた。この売却に当たって、事前に原告甲に相続税の支払いに充てるため売却する旨の話をしているが、原告甲は、特に異議を述べることもなかった。

(7) 以上のように庚の相続に関して戊が主導的立場で行ったことについて、原告らは、原告甲を含めて戊に異議を述べることはなかった。

(8) 戊は、己が右相続によって取得した財産については、移転登記手続をしたりしてその管理をしてきた。

原告甲以外の原告らは、右相続により己が取得した財産に関する戊の維持・管理、処分について異議を述べたことはなく、原告甲も、己取得財産のみならず、右相続によって己らと共有となった財産に関しても、戊の維持・管理、処分について殊更異議を述べたことはなかった。

(三) 戊及び己は、戊が経営していたD及び関連会社の負債を弁済するため、平成二年九月、本件土地を売却した。しかし、戊は、右売却の事実を原告らに事前に話したりしたことはなく、事後においても積極的に話したことはないので、原告らは、己が本件土地を売却したという事実自体を知らなかった。

(四) 己が平成二年一二月二九日死亡した後、戊は、本件準確定申告書を「己相続人代表戊」として作成し、平成三年三月一五日、西宮税務署に提出したが、その際、原告らに事前に相談したり説明したりすることはしなかった。

したがって、原告らは、本件準確定申告書における架空のBに対する戊及び己の保証及びその履行についての記載内容を知らなかっただけでなく、戊が本件準確定申告をしたこと自体も知らなかった。また、原告らは、戊とは別に独自に、己の平成二年分の所得税について、準確定申告をすることはしなかった。

(五) 原告らは、平成三年五月一日、平成二年分の所得税について、己が兵庫県内において一二位の高額納税者(納税額四億五〇七二万円)として新聞等に掲載され、報道されたこと(乙五・平成三年五月一日付け神戸新聞夕刊、乙六・平成三年五月二日付け朝日新聞)から、戊が己名義となった土地の一部を売却したことに気がついた。

(六) 戊及び原告らは、平成三年六月二〇日、己の遺産、すなわち、本件土地の己持分を含めた土地、預金等の積極財産及び債務、保証、連帯保証等の消極財産のすべてを、戊が取得する旨の遺産分割協議書を作成した。

ところで、右遺産分割協議書は、戊が作成し、原告らから署名捺印をもらったものであるが、その際、原告らに対し、内容について詳しい説明をしていない。

原告らは、右遺産分割協議書記載のとおり、己の遺産は、積極、消極の財産すべてを戊が相続したものであって、自らは一切相続していないものと認識していた。

なお、右遺産分割協議書には、積極財産として本件土地は記載されていない。

(七) 大阪国税局の査察官は、戊に対する所得税法違反等の査察を終えた平成五年九月ころ、戊に対し、修正申告のしょうようをしたが、原告らに対しては、しょうようをしていない。

(八) 戊が本件修正申告書を提出した後、辛税理士は、西宮税務署の担当官から付表を提出するよう指導された。辛税理士は、右指導に従って、付表を作成した上、その「相続人等の住所・氏名等」欄に記載した己の相続人である戊及び原告らの氏名の横に捺印をしてもらうため、Dの事務所を訪れた。そして、辛税理士は、己の相続人らの一括申告ということで、戊から捺印を得た上、同人に対し共同相続人である原告らの氏名の記載の横に捺印をしてもらってくるよう指示した。しかし、戊は、「相続人の代表である私が委任を受けている。本件に関しては私がした。他の相続人には相談する必要はない。税金はわしが全部納める。他の相続人には迷惑をかけない。自分が責任をとる。原告らには、言わないで欲しい。内緒にしてくれ。」と答え、辛税理士から、原告らの実印は必要でなく認印で足りることを聞いて、事務員に原告らの姓と同一の姓を刻印した各印鑑(いわゆる三文判)を買ってこさせ、辛税理士の面前で、付表の「相続人等の住所・氏名等」欄に記載された原告らの氏名の横に、それぞれ該当する印鑑を自ら押捺した。

(九) 原告甲は、平成七年一〇月一七日付けで、同原告の平成六年分の所得税の確定申告により生じた五六七万一二〇〇円の還付金について、本件修正申告による同原告の所得税の本税五六七万一二〇〇円に充当する旨の「国税還付金充当通知書」を、そのころ受け取った(甲七の1・2)。

(一〇)(1) 戊は、平成三年六月二七日、己の遺産について、単独で相続税の申告をした(乙二四)。戊は、同申告に当たって、事前に原告らに相談等をしなかった。

(2) 戊は、己の遺産を相続した際、原告乙から助言されたこともあって、原告丙と同丁に各一億五〇〇〇万円を渡したが、それに関する税金については、その支払いも含めて戊が責任をもって処理した。

(一一) 戊は、自己の平成二年度の所得税及び相続税の申告の他、本件準確定申告でも虚偽の申告(前記第二の二3(三)(3)で記載のBを主債務者とする保証債務を履行したとする申告)をして納付すべき各税金を免れたとして、平成七年七月二七日、所得税法等の違反の罪で神戸地方裁判所に起訴され、平成一一年一月一二日、懲役一年八月及び罰金一億八〇〇〇万円の判決を受けた。

2  以上認定した事実を踏まえて、戊が原告らから本件準確定申告及び本件修正申告を行うことについて、包括委任を受けていたかどうか、検討する。

(一)(1) 前記1(二)で認定したとおり、庚は、家の財産ともいうべき同人の財産について、これを散逸させないため、いわゆる家の跡取りである長男戊に主として相続させる旨生前述べていたこと、そのためもあって、己、戊及び原告らも、庚の遺産について、戊が家の跡取りとしてほとんどを取得するものと考えていたこと、実際にも、庚の遺産は、己、戊及び原告甲に分割され、本件土地を含む不動産及び預金の大半は己名義とされたものの、己、戊及び原告らの間では己名義分は、実質は、戊が取得したものないしは己が死亡した際に戊が取得すべきものと認識されていたこと、そのため、庚の相続に関する手続、具体的には、遺産分割協議書(案)の作成、相続税の申告およびその支払い等は、戊が主導的な立場で行ったこと、戊は、庚の昭和五七年分の所得税についても、その準確定申告書に「被相続人庚相続人代表戊」として捺印した上、これを提出したこと、その準確定申告書の内容も、戊が一存で記載したものであり、原告甲は、戊から準確定申告をしておく旨の連絡を受けただけで、自身は具体的なことをしていないし、右所得税の支払いも戊に任せていたこと、以上のように庚の相続に関して戊が主導的な立場で行ったことについて、原告らは、原告甲を含めて、特に異議等を述べることはなかったこと、以上の事実は、原告らが、いわゆる家の跡取りであった長男戊に対し、庚の相続に関する手続を任せていたことを窺わせるものである。

(2) また、戊は、己の相続にかかる本件準確定申告書にも庚の相続にかかる準確定申告書と同様、「己相続人代表戊」として作成しているところ、同記載は、戊が自己を己相続人の代表として認識していたことを窺わせる。

(3) そして、原告らは、己の相続について、その申述期限内に家庭裁判所に相続放棄の申述をしていなかったところ、己に譲渡所得があり、それに対して税金の納付義務が発生していることを、己を高額納税者として掲載した新聞報道(乙五、六)や己の遺産に関する遺産分割協議書の記載(甲二、乙二六)等によって知ったが、それにもかかわらず、原告らは、己の平成二年分の所得税について、戊がしたような準確定申告をしていない。もし、原告らが主張するように、戊に対して本件準確定申告を包括委任していなかったとすれば、原告らが戊とは別に独自に準確定申告をすべきであったにもかかわらず、これをしていないのであって、そのことは、原告らが戊に己の準確定申告を任せていたことを窺わせる。

(二)(1) しかし、庚の相続に関する手続において、戊は、その相続税の申告書に原告らそれぞれに捺印をしてもらっているし、庚の所得税の準確定申告に当たって、少なくとも、原告甲に対して、準確定申告をしておく旨の連絡をしているのであって、仮に、原告らが税金の申告等も含めてその手続のすべてを包括的に戊に任せていたのであれば、戊が原告らに右相続税の申告書への捺印を求めたり、準確定申告に当たって原告甲に連絡をすることもなかったものと考えられる。

また、庚の所得税の準確定申告について、原告甲以外の原告らは、同申告書の付表の「相続人等の住所・氏名等」欄に記載されていないが、それは、原告甲以外の原告らは庚の遺産を相続によって取得しなかった(事実上の相続放棄)ためと推測されるから、直ちに、原告甲を除く原告らが同申告について、戊に包括的にその手続を委任していたとまでいうことはできない。

(2) また、戊がした本件準確定申告の内容は、戊が所得税法違反の罪で起訴され、実刑判決を受けていることからも明らかなとおり、架空の保証債務を履行した旨を記載するという、明白な脱税の意図に基づくものであって、所得税法違反の犯罪を構成するものであるところ、それによって特に原告らが利益を享受できる等の特段の事情でもない限り、原告らが右犯罪行為(本件準確定申告)まで委任するとは考え難いが、本件全証拠によるも右特段の事情を認めることはできない。したがって、右のような内容を持つ本準確定申告まで原告らが戊に委任していたとは認め難い。しかも、戊が本件準確定申告書を西宮税務署に提出した際、原告らは、己が本件土地を売却したという事実自体を知らなかったし、本件準確定申告書の記載内容を知らなかっただけでなく、戊が本件準確定申告をしたこと自体も知らなかったのであり、本件準確定申告書は、「己相続人代表戊」として作成されているが、本来なら付表の「相続人等の住所・氏名等」欄に記載されなければならない(裏面の「書きかた」と題する注意書き)原告らの住所氏名等が記載されておらず、すなわち、戊が相続人の代表であることの前提となる他の相続人の住所氏名等が記載されていない。そして、本件修正申告書は、単に「己相続人戊」として作成されており、本件準確定申告書と異なり、戊が相続人の代表である旨の記載もない。更に、戊は、本件修正申告書付表の作成の際、辛税理士から共同相続人である原告らの氏名の記載の横に捺印をしてもらってくるよう指示されたにもかかわらず、右指示に従わず、かえって、辛税理士に対し、本件修正申告のことは、原告らには内緒にしてくれるよう求めているところ、それは、脱税行為をしたことにより原告らに迷惑がかかることを避けるためでもあったと推測される。

以上の事実及び事情は、原告らが、本件準確定申告及び本件修正申告を行うことについて、戊に対し包括委任していなかったことを強く窺わせるものである。

(3) そして、原告らが、戊とは別に独自に己の平成二年分の所得税について準確定申告をすることをしなかったことであるが、原告丙及び同丁は、己の遺産を相続した戊から各一億五〇〇〇万円を受け取っているものの、前記1(六)で認定したとおり、原告らは、己の遺産は、遺産分割協議書記載のとおり積極、消極の財産すべてを戊が相続したものであって、自らは一切相続していないものと認識していたのであるから、原告らの右認識を前提とすれば、原告らが独自に準確定申告をしなかったとしても、不自然なことではない。

(4) 己の死亡にかかる相続税の申告は、戊が単独でしているが、戊が己の積極、消極の遺産すべてを取得したことからすると、不自然なことではなく、原告らが戊に対して本件準確定申告等について包括委任をしていたことを窺わせるものでない。

(三) 右(一)に説示したところ(二)に説示したところを併せ考えれば、戊が原告らから本件準確定申告及び本件修正申告を行うことについてまで、包括委任を受けていたとは認められず、その他、本件準確定申告及び本件修正申告についてまで、戊が原告らから包括委任を受けていたと認めるに足りる証拠はない。

三  まとめ

そうすると、本件準確定申告及び本件修正申告は、原告らの意思に基づかない無効なものというほかはないから、原告らは、本件準確定申告及び本件修正申告が原告らの意思に基づく有効なものであることが前提となる本件修正申告に基づく租税債務を負っていないことになるし、右租税債務に充当処理された国税還付金は、原告甲に還付されるべきものということになる。

第三結論

よって、原告らの請求は、理由があるから、これを認容することとし(但し、原告甲の請求の趣旨一項にかかる請求のうち、付帯請求たる還付加算金の請求については、還付加算金の割合が、平成一一年一二月三一日までの期間に対応する分は年七・三パーセントであるが、平成一二年一月一日以降の期間に対応する分は、平成一一年法律九号で追加され平成一二年一月一日から施行された租税特別措置法九五条の規定により、特例基準割合である年四・五パーセントとされた結果、右期間分に限り、年七・三パーセントと年四・五パーセントの利率の差の限度で理由がないことになるので、その限度で棄却する。)、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 水野武 裁判官 中村哲 裁判官大竹貴は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 水野武)

別紙

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